【山行記録】 梅雨の3000m峰へ 仙丈ヶ岳撤退の顛末
仙丈ヶ岳。かつて高校山岳部時代に3度に渡って訪れた、僕にとっては思い入れの強い山である。
故に、言葉は悪いが僕にとっては甲斐駒ヶ岳は言ってみれば前座であり、大本命は仙丈ヶ岳だったのだ。
だがしかし、僕らは仙丈の頂を踏む事が出来なかった…それは一体何故か!?
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前述したとおり、仙丈ヶ岳は僕にとって特別に思い入れの強い山である。

高校時代、夏山縦走の準備登山として登った仙丈ヶ岳は、中学登山で登った御嶽山に続き、僕にとって2峰目の3000m峰だった。
しかし何が何だかわからないうちに終わってしまった御嶽山とは違い、自分の意思で登った仙丈ヶ岳はとても印象に残っている。
3000m峰の稜線を歩く感動も、小仙丈ヶ岳から望んだ仙丈ヶ岳の雄姿も、そして初めて体験した高山の雨も…。
時と共に記憶の中で色あせてしまった他の山々とは違い、10年経った今でも鮮明に思い出すことが出来る。
その全てが僕にとっては新鮮だったし、何より山に登る楽しさ、感動、そして厳しさを教えてくれたのは、ここ仙丈ヶ岳に他ならない。

そんな、言わば山の師とも言える仙丈ヶ岳に登る…。
それが僕にとってどれほど重要な意味を持つ事なのかは恐らく僕にしかわからないだろう。


だが、僕らは仙丈の頂に立つことができなかった。


それは何故か…??結論から言おう、僕らが仙丈ヶ岳を撤退するに至った理由、それは…



















僕の膝痛である。


事の発端は仙丈ヶ岳に登る前日、6月20日の甲斐駒ヶ岳の下りへと遡る。



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こちらの写真を覚えているだろうか??これは甲斐駒ヶ岳前衛峰、駒津峰から仙水峠へ下る登山道である。

実は、僕はこの時、膝をやってしまったらしいのだ。
らしい…というのは、実際この時には全く痛みもなかったし違和感もなかった為、あくまでも推測の域に過ぎないからである。
事実、膝に違和感を感じ、それが痛みに変わるのはまだしばらく先の話である。
だがしかし、ここをおいて他に膝を痛めるような場所は見当たらない。おそらく十中八九ここで痛めたのだろう。
そもそも僕は山を始めてからはおろか、生まれてから一度も膝という場所を怪我したことがないのだ。
どのような状況でどのように膝を痛めるのか、正直見当がつかないのである。

僕が膝に違和感を感じたのは、甲斐駒ヶ岳から下山し、北沢駒仙小屋のテント場に着く頃である。
しかしその時点ではまだ違和感の域を出ず、痛みをそれほど感じていたわけでもなかった。
なので、この時点でしっかりケアをし、十分に休養をとっておれば、翌日痛みがないとはいかないまでも、撤退しなければならないほどに痛めつけられることはなかったはずだ。


では何故僕はそれを怠ったのか??


いや、厳密に言うと怠ったわけではない。
本来ならば膝に違和感を覚えた時点で膝を休ませる事を最優先とすべきだろうし、そもそもそのつもりだった。
だが北沢駒仙小屋のテント場に戻った後、たとえ膝に負担をかけてでも、どうしてもやらなければならないことが僕にはあったのだ。
勘のいい方はもうお気づきだろう。そう…




水の確保である。




北沢駒仙小屋の水場が機能していないことは前回のブログでも触れたとおり。
しかも、いつもならば一泊以上の山行の際は最低一食分は賄える量の水を常に担ぎ上げているのだが、運の悪い事に今回に限って飲料水以外の水を一滴も担ぎ上げていなかったのだ。
仮に残った飲料水で今晩の夕食分の水は賄えたとしても、翌日の仙丈ヶ岳に登るための飲料水をどこかで確保せねばならない。
つまり、いずれにしてもどこかで水を確保しに行かねばならなかったのだ。

この近辺で確実に水が確保できる場所は、先程通ってきた仙水小屋の水場である。
昭文社の山と高原地図にも水場のマークが記載されている通り、小屋が営業していなくても水場には水が豊富に溢れ出ていた。
だがしかし、いかんせん往復1時間と、水を汲みに行くにしては非常に難儀な水場である。

それでは、距離的に圧倒的に近い長衛荘ではどうだろうか??
地図には水場の記載がないとはいえ、営業小屋である、全く水がないということは考えられない。
理性的に考えれば往復15分の行程で済む長衛荘で水を分けてもらうのが最も合理的な判断と言えた。
しかし、今回の僕らに必要な水の量は、晩御飯、翌日の朝食、そして仙丈ヶ岳へ登る際の飲料水。
ざっと見積もっても4~5リッターの水が必要な計算である。5リッターもの水を小屋で分けてもらうのには、いささか抵抗があった。
無論、快く分けてもらえるかもしれないが、正直なところ勝手に行って勝手に好きなだけ汲んでこれる仙水小屋の水場のほうが、誰に気兼ねすることなく気楽で良いと思ったのだ。

結果として、僕は激しい雨の中、増水した沢や不安定な石、濡れてよく滑る木の根の上を、水でパンパンになった5kgの水袋を持ちながら、往復1時間歩き通したのである。
それが僕の膝にどのような影響を及ぼしたか…容易に想像できるだろう。
膝の違和感は徐々に痛みへと変貌していった。
だが歩き始めてしまった以上、退く事はできないし、こんな薄暗い不安定なルートを、僕の代わりに嫁行かせるわけにもいかない。


こうして、『軽い膝痛』『水場の不備』 という、一見単体では撤退の直接的な原因には結びつかない二つの要素が重なり合い、僕らを仙丈ヶ岳撤退へと徐々に追い込んでいく事となったのである。



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その晩、僕は何度も膝の痛みで目が覚めた。
その都度痛む箇所にシップを貼っていたら、目が覚める頃には左右で合計4枚もシップを貼る羽目になった。
こんな状態でも僕は仙丈に登るつもりだった。それはもちろん仙丈が僕にとって特別な山という事に起因するところが大きい。
しかし、それより何より夜目が覚めて不意にテントから空を見上げた時、空に星が瞬いていたのがいけなかった…。


これはもしかしたら展望が期待できるかもしれない!


そんな淡い希望が僕のモチベーションを一気に高めてしまった。
そして、シップの効果もあってか、朝方には徐々に膝の痛みも引き始め、歩くに支障のない程度の痛みに収まっており、僕の行く手を遮るものは何もなくなっていた。


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そして翌日、希望と期待を胸に、小仙丈ヶ岳へと続く稜線に飛び出した時。
僕らを待っていたのは青空でも美しい山々でもなく…


白いガスの世界と、横殴りの雨であった。


ことここに至り、奇しくも当初の予定通り3000m級の雨を体験する羽目になったのである。
中途半端に展望を期待していただけに落胆も大きく、ましてや手負いの状態での悪天候は体力的にも精神的にも非常に堪えた。


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そして僕に止めを刺さんと言わんばかりに眼前に現れたのは残雪の雪渓であった…。
小仙丈ヶ岳直下の雪渓、これを乗り越えれば小仙丈ヶ岳に到達できる。

かつて僕は仙丈に登った時、小仙丈から望んだ仙丈の雄姿に心打たれ、その美しさに魅了されてしまった。
以来3度に渡り仙丈に登ったが、その度にこの山は僕に山の楽しさ、尊さ、そして厳しさを教えてくれた。
そんな仙丈が今回僕に教えてくれることがあるとしたら、それはひとつ…

勇気ある撤退。

望む望まざるに関わらず、その時は刻一刻と迫っていた…。



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そして苦難の末到達した小仙丈ヶ岳の頂。
ここまでくれば、仙丈ヶ岳山頂まではものの1時間。だが恋焦がれた仙丈ヶ岳を目前にして、僕の膝はついに沈黙してしまった…。
無理をすれば仙丈ヶ岳の頂を踏む事も出来ただろう。
だがしかし、身を削り、そこまで無理をしてまで山頂を踏む価値はあるのだろうか??答えは否である。


『撤退しよう…』


僕はここで撤退を決意した。


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そんな僕を見送るかのように、付近を覆っていたガスが徐々に晴れ始めた。


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そして全く見えなかった仙丈のカールも徐々に姿を現し…


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ほんの一瞬だったが、仙丈の頂を望む事が出来た!


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そして全く見えていなかった北岳、間ノ岳。


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そして前日登ったばかりの甲斐駒ヶ岳も僕を見送ってくれるかのように、姿を現してくれた。
ありがとう。
今回は頂に立つことが出来なかったけど、また必ずここに来よう。そしてその時は仙丈の頂に立つ。
そう誓って、僕は小仙丈ヶ岳を後にした。




しかし、本当の苦難はここからだった。


ここまで歩いてきた小仙丈ヶ岳までのルートは、アップダウンを繰り返しながら高度を稼ぐ山とは違い、ほぼ登り一辺倒の道だった。
つまりこの日は、小仙丈ヶ岳の山頂に至るまで、ほとんど下り斜面を体験せずに来たのだ。

しかし、僕の膝痛は下りにこそその真価を発揮する痛みだったのだ。
小仙丈ヶ岳から下り始めた時、僕の膝は上りとは全く異次元の痛みを覚えた。
そう、膝を曲げながら体重を乗せるという下り特有の運動が、僕の膝にとっては最も負担だったのである。
しばらく下るうち、あまりの痛さにまともに膝を曲げる事もままならなくなっていた。

膝を曲げることなく斜面を下る。

これが一体どれだけ難しい事なのかは、山を登る人でなくとも容易に想像できるだろう。
まともに下る事が出来なくなった僕は、最後の手段としてトレッキングポール2本を松葉杖の代わりにして下る事にした。
本来トレッキングポールに全体重を預けるのはタブーである。
万が一トレッキングポールが短くなってしまったり、滑ってしまった場合転倒する危険性が高いからだ。
だがこのような非常時に贅沢は言ってられない。膝に体重を乗せられないのならば手で体重を支えるしかないのだ。

麓に下る頃には手にマメができ、それが破れて手の皮が剥けるなど散々な有様だったが、何とか無事下山する事が出来た。




今回の山行を振り返り、言わば10年来の友との再会の地とでも言うべき仙丈の頂に立つことが出来なかった事は正直悔しい。
だが我が身が健在であれば、またいつか登れる日も来るだろう。

そもそも今回の撤退は、己の身から出た錆だ。
前日、くだらないミスをしなければこのような醜態を晒す事もなかったし、だいたい膝が痛むような状態で登る事自体愚の骨頂だ。
本来ならば今回の仙丈ヶ岳は、一歩も登ることなく撤退するのが正解だったはずだ。
しかし、多少の無理を承知で登る決断を下してしまった今回の決断の背景には、溢れんばかりの仙丈ヶ岳への情熱が(執念とも言う)あったという僕の心中を、どうか察していただきたい…。

そんなわけで、思わぬ形で取りこぼしてしまった仙丈ヶ岳。またいつか必ずリベンジするつもりである。




【追記】
ちなみに後日談になるが、この日仙丈ヶ岳を撤退し、北沢峠からバスに乗って帰る際、長衛荘へ寄る機会があった。
そこで見たのは 『ご自由にお汲みください』 の文字と、無尽蔵に流れ出るかのような水場だった。
何のことはない、おとなしく長衛荘で水を汲んでさえいれば、もしかしたら仙丈の頂に到達できたかもしれないのだ…。

今後オフシーズンに北沢駒仙のテント場を利用される方もいるかもしれないので明確に明記しておく。

・北沢駒仙小屋が営業していない時は水場も機能していない。

・トイレは利用可能。

・最寄の水場は、長衛荘が営業しているなら長衛荘、それ以外ならば仙水小屋まで汲みに行く事。


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by misawa_re7 | 2010-07-06 01:02 | 山行記録 2010


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