【その他】 長野県民から見る学校登山事情
先日実家に帰って自分の部屋を漁っていたら、中学校時代の写真が出てきた。
その中には、今からおよそ16年前、僕らが中学2年生の時に登った御嶽山の登山の写真も紛れ込んでいた。
懐かしい写真を見ながら当時を振り返ってみようと思う。
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長野県南部に位置する僕らの地域では、学校行事として小中学校合わせて3度の登山がある。
登る山は学校によってそれぞれ微妙に異なるのだが、僕の学校の場合

最初は小学校3年生の時に、標高1130mの近所の里山へ。
次いで小学校6年生の時に、標高1530mの同じく近所の里山へ。
そして、中学校2年生の時には標高が一気に上がり、3000m級である御嶽山へ登るのが恒例行事となっている。

学校登山は、僕らの地元に限らず長野県内の小中学校では比較的ポピュラーな行事である。
有名なところで言えば燕岳、仙丈ヶ岳、西駒ヶ岳(木曽駒ヶ岳)、中には奥穂高岳に登る学校すらあるくらいだ。

よく他県の方に学校登山の話をすると 『羨ましい』 という声を非常によく聞く。
確かに国内に名だたる名峰に、学校行事で登ることができるというのは都会の方からすれば贅沢な話かもしれない。
しかし、今思い起こすとこの学校登山と言う行事、必ずしも素晴らしい行事とは言い切れなかったのではないかと感じている。

それは何故か…??


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当時の写真。服装はもちろん学校指定のジャージに、防寒具は各自で用意。
学校のジャージは化繊だったから良いとして、防寒具に関しては何の指定もなかったから、今思えば綿のシャツを持参した人もいただろう。
当然ながら靴は防水のはずがないし、スニーカーや運動靴もちらほら見える。

ザックは今ではほとんど見なくなったキスリングタイプ。当然ながらザックカバーなんていう上等な物はなかった。


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そして信じられない話だが、雨具に傘を持ち歩いている。3000m級の森林限界上を歩くというのに傘である。
持ち物帳には、『雨具(傘も可)』 と書いてあったから、ほとんどの生徒が傘持参だった記憶がある。
この当時、透湿性素材のレインウェアなんてほとんど無かった。と、いうより一般には出回ってなかった。
そもそも1度きりの中学生の学校登山の為に高価な雨具を買い与えるという概念は無かった時代だ。ビニールカッパがせいぜいだったろう。

はっきり言って、信じられないくらいに悪天候に対するリスクマネージメントがなってない。
悪天候時に稜線上で傘なんか暢気に差してりゃ、2,3人吹き飛ばされるなんてことは可能性として十分ありうる。


さらに言えば、1学年の生徒130人に対して、引率する教師の数は10人に満たない。しかも当然の事ながら、先生方は山は素人である。
つまり単純計算で、山の素人が一人当たり15人近い生徒を受け持つ計算になるわけだ。
当然130人ともなれば体力も千差万別、楽々登れる奴もいれば死にそうになってる奴もいる。
ペース判断に天候判断、それらを指揮するのが山の素人なんだから無茶苦茶な話だ。

さらにその中でも保険医は1人。何かあったら1人で対応しなければならない。
怪我、体調不良はもちろんのこと、3000m級ともなれば高山病にかかる生徒も少なからずいるはずで、130人も生徒がいれば、そのうち5人~10人くらいは何らかのトラブルに見舞われてもおかしくない。
事実、山小屋に着いた時、高山病が原因と思われる体調不良で2,3人ぶっ倒れていた記憶がある。


しかし、結果論から言うと、僕らの学年は体調不良者が5,6人出たくらいで、後はこれと言って何の問題も起きなかった。
天候も安定しており、山頂でガスに巻かれて軽く小雨がパラついたくらいで、平穏無事な登山だった。

だが、僕の後輩の中には台風の中無理やり歩かされ、寒さにガタガタ震えながら死ぬ思いで下山したと言う奴が異なる年代で2人いる。
つまり、少なくとも彼ら2人の世代の大半の生徒は、脆弱な装備で暴風雨の中下山というトラウマを背負わされた事になる。
そして、彼らの世代が大人になったとき、中学でそんな経験をしてもなお、再び山に登りたいと思う人間が一体何人いるだろうか??
残念ながら、運悪く悪天候に見舞われ、山が嫌いになってしまった人も決して少なくない。




今振り返ると、学校登山といえば聞こえはいいが、その実態はかなり際どいものだったと実感する。
だが当時、その程度のことは何の問題にもならなかった。良くも悪くもそういう時代だった。
そもそも 『素人がいきなり3000mなんて、何かあったらどうするんですか!?』 などと親が言う時代ではなかった。
むしろ登って根性叩きなおしてこいとケツを叩かれる時代だったろう。

実は僕らが卒業して以降、一時期県内の多くの学校で登山が中止、あるいは高山>ハイキングへと流れた時代がある。
それは学校登山による山岳遭難が原因で、学校側が登山活動を自粛したものだった。
正直学校登山という行事は、教師からすれば問題山積みの難しい行事だし、保護者からすれば金銭的負担と子供への心配が大きい。
そして当の本人達からすれば何で苦しい思いをしてまで山に登らなければならないのかという不満も非常に多い行事だろう。
今の時代背景を考えれば、そのまま学校登山という行事自体が消えてしまってもおかしくはなかったのだ。


しかし近年、再び学校登山は復活し、その伝統は未だに引き継がれている。
それは、子供の頃から自然と山に接する機会を作ることで
長野県に住む我々に少しでも山を、自然を愛して欲しいという願いなんだと僕は思っている。


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山を愛し


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自然を愛し


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そして日々繰り返される大自然の営みに、感動する豊かな心を育む。
こんな時代だからこそ、むしろ自然に触れる学校登山のような行事が本当に必要とされているのかもしれない。


今現在、学校登山も時代のニーズに合わせて色々と事情が変わってきているようだ。
僕らの時代にはほとんどなかった山岳ガイド随伴も、近年では8割近い学校が山岳ガイドを雇っているらしい。
雨具も現在は安価な透湿性素材のレインウェアが3000円程度から入手できる点から考えても当時とは比較にならない。
当時とて手を抜いていたわけではないだろうが、より安全性を求める風当たりの強い中、限られた予算と時間の中で、安全に、かつ魅力的な計画を立てなければならない先生方の苦労には頭が下がる。

山が好きな僕としては、今後とも、学校登山という伝統行事は是非とも続けていって貰いたいと思うが、しかしそれと同時に学校登山がきっかけで山を嫌いになってしまう生徒がいるという現実からも決して目をそらしてはならないと思う。
中学生は言わば最も多感な時期。
自然に感動する感受性豊かな年齢であると共に、強制される事に反発を覚える難しい年齢でもある。
誰もが皆、必ずしも山頂からの雄大な景色に感動するわけではない。
厳しい山登りを強制させられる事、辛い想いをする事に不快感を覚える生徒がいることも肝に銘じて置かねばなるまい。
学校行事である以上、この命題は永遠についてまわる事だろう。

僕個人としては、敢えて山を好きになってくれとは言わない。
ただ、学校登山を通じ、1人でも多くの学生が山と大自然に囲まれた長野県に住んでいる事を誇りに思ってくれる事を切に願う。


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by misawa_re7 | 2011-05-29 23:48 | その他


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