【山行記録】 GW後半 涸沢カール、北穂高岳編 2日目 〔2011.05.09〕
2011年5月9日 涸沢。その日は前日の曇り空が嘘のように、澄み切った青空が広がっていた。
最高の山日和。しかし、晴れ渡る空とは裏腹に、この時点で僕はある決断を迫られていたのだが…
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僕がその報せを知ったのは、1日目の晩。
日も暮れて、あたりが闇に包まれた涸沢ヒュッテのテラスで、スマートフォンを使って情報をチェックしていた時である。
何気なく見た天気予報。そこに記されていたのは、僕の予想とは全く異なるものだったのだ。


5月10日 早朝から雨


5月10日は僕らの予定では最終日にあたる。出発当初の天気予報では、この日の天候が崩れるのは午後からとの事だった。
そのため、最終日は早朝に涸沢を出発し、天候が崩れる前に下山してしまう予定だったのだ。

しかし、最新の予報では天候悪化が予想以上に早く、朝3時頃から崩れ始め、午前中までがそのピークとされていた。
しかもここ数日の山岳天気をかんがみるに、山沿いでは雷を伴った激しい雨が降る事が予想される。
即ち、ちょうど涸沢での幕営中~撤収、下山までの間に、激しい雷雨に晒される危険性が非常に高まったことになる。
無論かならずしも雷雨になるとは限らないし、テント内で雨をやり過ごし、天候が回復してから下山するという選択肢もある。
しかし、雷はともかく荒れるとわかっているのに好き好んで暢気に雨中に身を投じる必要性もなければ、そうするメリットもない。
雨中歩行はもちろんの事、たとえ幕営中であっても可能な限り悪天候に晒されるのを避けるのが、山屋としては賢明な判断だろう。

これにより、当初2泊3日だった行程を1日繰り上げ、1泊2日で早期撤退する事に決定したのである。



そうなると問題になってくるのは、北穂高岳登頂である。
予定を短縮した事で、2日目の行程は北穂高岳を往復した後、テントを撤収して下山という非常にタフなものになってしまった。
この時点での選択肢は二つ。




『北穂登頂後下山』『登らずして下山』




果たしてそのいずれの選択肢を選ぶ事になったのだろうか??
運命の採択は翌朝に委ねられる事になった。



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翌朝、ご覧の通り天気は最高だった。


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決して綺麗に染まったとは言いがたいが、モルゲンロートも発生した。


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そして朝食を摂りながら、登るか登らざるか決めあぐねていた北穂高岳を仰ぎ見る。
見るからに急峻な斜面。下から見ている限りではもはや壁と行っても過言ではないくらいの迫力だ。

あれに登って…降りて…テント畳んで…上高地…か。
この時点で、僕の頭の中には横尾から上高地までの地獄の行進がリアルに再現されていた。
正直、このまま普通に涸沢から下山するだけでもあの区間は苦行である。それを考えると躊躇する自分がいる。
しかし、せっかくここまで来たのだから登ってみたいと思う自分もそこにいる。


そして僕らは意を決して北穂の壁に取り付いた。



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涸沢小屋の脇を抜け、超巨大なデブリ跡の上を登る。
この時点で先行者はゼロ。僕らが辿っているトレースも、ざっと2,3日前につけられたものだろうと予想される。
不覚にも僕らが先陣を切る形で登り始めてしまったのである。
よりによって、一度も北穂高岳に登った事のない僕らが…である。


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誰もいない雪の斜面…気持ちいい。


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テント場があっという間に小さくなる。



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徐々に日も差し始め、気温もだんだん上がってきた。ハードシェルが暑い。
少しずつ高度も上がり、見える景色も変わってくる。


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このあたりから、一般的な北穂の冬ルートと違うルートを歩く事になった。
本来は北穂に向かってもっと右側、ゴルジュの脇を直登するのが正規のルートのようだが、おそらく正規のルートのトレースはデブリの下に埋まってしまったものだと推測される。
こちらのトレースがあまりに明瞭だったため、あまり褒められた行為ではないがトレースに従って歩く事にした。
しかしそのトレースも、徐々に高度が上がるに従ってだんだんと薄くなってゆく…。
結果として、歩いた事のないルートをトレースも当てにできぬままルートファインディングする事となったのである。


そもそも、いくらGWのピークを外しているとはいえ、まさかここまで入山者が少ないとは全くの誤算だった。
今回は運がよければ先行者、そうでなくともトレースがあるだろうという少々甘い考えを抱いていたのも事実。
むしろ勉強させてもらうつもりでここへ来たのだが、まさかトップを切ってルートファインディングする羽目になるとは…
しかし雪山とは本来そういうものである。他人やその足跡を当てにする事を前提に登りに来た時点で、軽率の謗りは免れまい。
人気のルートだからと少々…いや、多大に侮っていた感は否めない。


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傾斜は一気に急になり、それに伴い雪面も凍結している箇所が出始めた。
このあたりはまだギリギリトレースが見てとれる。


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途中からトレースはなくなり、代わりに凍結した雪面がその大半を占めるようになってきた。
雪が固く、2,3発蹴りこまないとステップもまともに切れない、ピッケルもダガーポジションを駆使しての登りとなった。

しかも僕らにしてみれば、この種の高度感は初体験。今まで登った山域ではあまり体感したことのない高度感である。
写真にしてしまうと陳腐この上ないが、実際はこのあたりの斜度はかなりきつく、赤岳の地蔵尾根核心部の傾斜が延々と続くイメージである。そして下を見ればテント場までノンストップで滑り落ちていきそうな途方もない雪の斜面だ。
高いところが苦手な嫁にとってはまさしく地獄のような区間だったろう。


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核心部たるインゼルが目前に迫る一方で、状況はじわじわと悪化していた。

積雪量が急激に増してきたのである。
このあたりで平均15cm前後、深いところでは25cm~30cmほどに達していた。
そしてその新雪の層の下にガリガリの凍結した固雪の層が鎮座している。
新雪の層は前日の朝方に降ったものだが、現状安定しているとは到底言いがたい。

足を一歩踏み出すと新雪の層が雪団子と化してアイゼンにまとわりつき、アイゼンの機能を低下させる。
その状態で固雪面にアイゼンを乗せても爪が全然利かずに足がズルズルと滑り落ちていき、それに伴い新雪の面がズゾゾゾゾっと不気味に流れていく…ピッケルも新雪の層が邪魔をしてうまく刺さらない。
これはちょっと厄介だな…


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ふと嫁のほうを振り返るとだいぶペースが乱れている。
ありゃ疲れじゃない…怖いんだなと直感的に悟った。
だいぶ前から動きが鈍い、おそらくこの高度感が怖くて下を直視できないんだろう。そこにきてこの雪の状態だ。
未体験の高度感に安定の悪い足場、恐怖で体が硬直してしまうのも無理はない。
そのような状態で、果たしてこのまま上まで登らせて良いものかどうなのか…この時点で最も憂慮すべきは



嫁のメンタル面である



正直なところ滑落が危険な場所ではない。現時点では雪崩もそれほど危険視することもないだろう。
しかしあくまでもそれは僕の見解であって、嫁のそれとは異なるモノの見方だろう。
怖くて体が硬くなる程度ならばまだいい。
しかし仮に山頂まで登ることができたからといって、確実に下ってこれる保証はない。
場合によっては核心部のど真ん中で怖くて登ることも下る事もできなくなってしまう可能性も否定できない。

それに正直なところ、ここから上に行くに従って積雪量が一気に増えたとしたら、僕のルートファインディング能力では少々心許ない。
現時点において、僕は雪崩が起きそうな斜面を見極める事ができるだけの経験は積んできていない。
トレースが全くなく先行者がいない以上、ただ闇雲に勘に従って登っていく以外に方法がないのだ。
それは勇敢ではなく無謀というものだ。
ならば確実に安全に下山できる現時点において撤退するのが最も安パイと言えるのではないだろうか?



再び斜面を見上げる…
このまま登れば、多分…いや、十中八九山頂を踏む事ができるだろう…。
しかし山において、とかく雪山においては 『多分大丈夫』 『おそらく行ける』 といった楽観論は可能な限り排除せねばならない。
僕はこれまでもそうしてきたし、これからもそうあらねばならないと思っている。
今回 『絶対に大丈夫』 と確信を持つ事ができなかったのは僕らの実力不足ゆえだから仕方がない。


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眼前には前穂が雄大に、かつ美しくそびえ立っていた。

『まぁ…しょうがねぇわな…』

所詮僕らは雪山1年生なのである。無理に背伸びしたところで手の届くところは限られているのだ。
昨年よりも一歩上に進む事ができた、今回はそれで十分じゃないか。身の丈をわきまえるのが、何よりの長生きの秘訣であろう。
そんなわけで…



北穂高岳 核心部を前に撤退


少なくとも僕らのレベルでは、GW中盤、人が沢山いてトレースがしっかりしている状況での登頂がせいぜいだろう。
それ以前に、嫁がこの高度感を克服しない限り更に上に行くのは難しい。
また少しずつ慣れて行けば良い、今回は無理をせず早い段階での撤退を決断したのだった。





しかしこの決断、5分と経たないうちに後悔する事になる。












撤退と決まれば一分でも早く下ってテントの撤収準備をしたい。
それに僕はこの時点で少々膝が痛かったので、この急斜面をいちいち歩いて下るのは面倒だった。
なので、僕は最終到達地点より少し下ったあたりから、尻セードで一気に斜面を滑り降りることにした。
そこで僕は嫁に


『滑落停止訓練のつもりで試しに滑ってみ?』


などと、冗談半分で言いつつ、今まで苦労して登って来た斜面をものの数秒で滑り降りた。
途中一旦滑るのをやめ、上を見上げて嫁が降りてくるのを待っていると…
何を思ったか突然嫁も尻セードを始めたのである。


いやいやいやwwwww


確かに滑ってみろとは言ったけど、まさかさっきまで上の斜面でブルってた人が突然尻セードするなんて誰が思う??
しかも、たった今僕が滑ってきた跡の上だ。少なくとも新雪の上を滑ってきた僕よりもはるかにスピードが乗っているはずである。
しかしパッと見怖がる様子も無く、まるでボブスレーコースでも滑っているかのように綺麗に滑り降りてくる。
そして僕の前で華麗に滑落停止をキメ、僕の顔を見ると嫁はこう言った。

















『楽しい、コレww』




















今更馬鹿かオメェはwww




この斜面、歩いて下るどころかケツで滑って来る事ができるんだったら、さっきブルってたのは一体何だったんだよww
登るの怖い、下を見るの怖い、だけど尻セードはオッケー、むしろ楽しいって、アンタ一体どういう精神構造してらっしゃるんですか?ww

『上で怖がってたのに、何で尻セードできるのさ??』

と聞いたら

『滑ってみたら案外怖くなかったww』

だと。
おいおいおいおいwwww
そのセリフは5分前の、撤退を決断しようとしていた僕に言ってくれなきゃ意味が無いだろww

この斜面を滑って楽しいなどという今現在の嫁のメンタルを持ってすれば、北穂登頂において、少なくとも精神面に関しては憂慮する不安材料が消えた事になる。
ならばあとは雪の斜面との対話に全神経を集中すればいいだけ、さっきよりもグッとハードルが下がったではないか。
今滑り降りてきた斜面を見上げる。
滑る事ホンの数十秒の斜面だが、再び登り返そうと思ったら30分以上はかかることだろう。
不可能ではないが、タイムロスと体力のロスを考えればそれは現実的ではない。残念だが撤退を決めた以上、大人しく下るしかないだろう。


その後、嫁にして 『人生で最高の滑り台』 と称された北穂の斜面の下りは、登った時間の2割にも満たない30分足らずで、あっけなくその幕を閉じた。


百聞は一見にしかず。何のことはない、嫁に一度斜面を滑らせてみればよかったのだ。
今回に限って言えば結果としてそれが恐怖感を拭い去る最も有効な方法だった。しかし、今更言っても後の祭りである…
次回…おそらく来年以降、再びこの斜面に挑戦する時、滑り台と言い放ったその精神力に期待させていただくことにしよう。



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下ってきた後ルートの復習。
今回僕らは赤線のルートを通ったが、一般的に北穂高岳の冬ルートは青線のように辿るようだ。
青線のルートだと、ゴルジュ脇の斜面が急登な以外は比較的傾斜が緩やかなのに対し、赤線の僕らが辿ったルートは延々斜面が急なので結構きつかった。はっきりと赤線ルートについていたトレースには何らかの意図があったのだろうか?

下ってきてから聞いた話だが、涸沢ヒュッテのテラスでは僕らのルートが違うとかそっちじゃないとか、大盛り上がりだったようであるww



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その後、テントの撤収をしているとレスキューヘリが。
何事かと思ったが、飛んできては離着陸を繰り返しまた飛んでいく。離着陸訓練でもしていたのだろうか??






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テント撤収を完了し、お待ちかねのおでんセット!


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まだ長い下り行程があるけれど、とりあえず登れなかった北穂に乾杯!!
疲れた体に染み渡る、やはり涸沢名物おでんとビアは最高に美味い。


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これで見納めとなる穂高の峰々を眺めながら、ビアをグビグビ。
ザイテングラートを登る人たちが写っている。今思えば、目的地を涸沢岳にしときゃよかった…これまた後の祭り。


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すんげぇ雪庇ww


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そしてカールもこれにて見納め。


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そういや大天井方面全然撮ってなかったので一枚w




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テント場を後にし、残すところ地獄の苦行を残すのみ。


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ここからの地獄の下りを暗示するかのように、空には暗雲がたちこめ始めた…
あぁ…そんな雰囲気出してくれなくても、ここから先が地獄なのはわかりきっている…




そしてここから先の写真はほとんど無い。
途中までとはいえ北穂高岳の斜面を往復した後の上高地への下山である。楽であろうはずがない。
写真なんて撮る気力が沸かなくても無理はなかろう。
案の定、上高地に着く頃には心身ともにズタボロだった。
最初はバスで帰るつもりだったのだが、問答無用でタクシーに滑り込んだのは言うまでも無い。
しかし毎度、上高地~横尾までの3時間は地獄。来るたびにもう二度と来ないと思いつつも、何度も足を運んでしまう…
涸沢とは不思議な場所であるw



こうして僕らの1泊2日の涸沢 北穂高岳編は幕を閉じた。
当初2泊3日だったところを急遽1日短縮しての行程だったわけだが、やはり最終日は体力的にかなりきついものだった。
できるならば2泊3日くらいの余裕を持つのが望ましいだろう。

そして今回もまた常念に引き続き撤退という残念な結果に終わってしまったが、次回に繋がる一定の成果は得たものと考えている。
今回、嫁が北穂高岳の高度感を克服した意味は非常に大きい。
もし来年、もしくはそれ以降またGWの涸沢に行く事が叶うならば、必ずや今回撤退に終わった北穂高岳の頂を踏みたいものだ。

そして今回の涸沢もって、今シーズンの冬山の終了を宣言するところである。
今シーズン、まだブログにしていない山行がいくつもあるので、それはまた少しずつアップしていく予定だが
今後の山行自体は冬山から夏山へとシフトしていく事だろう。
今期の冬山はバリエーションに富み、非常に充実していて大変楽しかった。
これからまたしばらく白い山の頂を踏む事はできないが、それはまた来シーズンの楽しみとして取って置く事にしよう。
ありがとう雪山、ありがとう涸沢、そしてまた来年訪れる日まで。


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by misawa_re7 | 2011-05-25 21:58 | 山行記録 2011


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