【山行記録】 GW前半 常念縦走編 1日目 〔2011.04.28〕
2011年GW、涸沢の雪崩によって転進を余儀なくされた僕らが目指したのは常念山脈だった。
早朝の天気は最高、そして週間予報も決して悪くはない。僕らは今回の縦走の完遂を信じて止まなかった。
しかしそんな僕らの思惑とは裏腹に、事態は水面下で悪化の一途を辿っていくが…
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2011年04月28日 (木) 天候:吹雪
【初日】 〔赤線〕 中房温泉~各種ベンチ~合戦小屋~燕山荘(小屋泊)


・ 高低差、距離、コース概要は上記の通り。
・ 地図上の通し番号は、これからブログに添付する画像の撮影したポイント。






2011年4月28日早朝、僕は勝利を確信していた。


勝利?勝利とは何だ??


そもそも山において勝利や敗北という概念は厳密には存在しない。
登頂、撤退という表現はあるが、それらは必ずしも勝ち負けという単純な価値観で語られるべきものではないからだ。
無論、登山のカテゴリーの中には勝敗を競うものも存在するし、他人と切磋琢磨して技術を向上していくという側面も当然ある。
ただ競技ではない一般的な山登りにおいて、他人と優劣を競うという行為はあまりに無粋である。

だが、そういった勝利、敗北といった単純な二極的な概念とはまったく違う次元のところにあるヒトの根源的な感情。
おそらく誰もが一度は感じた事があるだろう、誰にではなく、ただ単純に 『勝った!』 と思う瞬間が。





そう…





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こんな景色を見た時だろう。



豊科ICへ向かう高速道路の車窓から見た常念山脈は光り輝いていた。
2011年GW、常念山脈縦走の初日はこうして最高の形で幕を上げたのである。

この時僕は、今回の常念山脈縦走3泊4日を最高の形で完遂できると信じて疑わなかった。
だがしかし、それが大いなる虚構であったなどと、この時点で一体誰が予想する事ができただろうか…?








そもそも我々のGW山行計画は、最も最初の段階からすでにケチがついていたことは前回のブログでも触れたとおり。
目的地が涸沢から常念山脈へと変更を余儀なくされた時点で、既に一度破綻した計画である。
僕は運命やら迷信やらを心から信仰しているわけではないが、しかし人知の及ばぬ負の連鎖というのは時として確実に存在する。




そしてそれは唐突に、しかも初っ端からやってきた。




今回僕らは安曇野にあるしゃくなげ荘という温泉施設の登山者用駐車場に車を停めた。
ここは無料駐車場なので4日間停めておいても料金は一切かからない。
そしてそこからタクシーで蝶ヶ岳登山口である三俣まで行き、常念山脈を縦走した後、最終日には中房温泉からバスで再びしゃくなげ荘まで戻ってくる、というプランだった。
初日に蝶ヶ岳から登ろうと決めたのは、燕岳登山口である中房温泉へのバスは翌日の29日からしか運行していなかったからだ。
無論往復タクシーを使えばどちらからでも登れるが、バスのほうが運賃が安く、できれば出費は最低限に抑えたかったため、結果として蝶ヶ岳から登り始めるしか選択肢がなかったのである。

だが、その選択は完全に裏目に出た。


蝶ヶ岳登山口へ通じる林道のゲートが封鎖されていたのである。


僕は鳩が豆鉄砲を食らったかのようなアホ面を披露していた事だろう。
それは昨年、涸沢のバスターミナルにて通行止めの宣言をくらったときのそれと全く同じ間抜け面だったに違いない。
蝶ヶ岳ヒュッテHPの掲示板には、林道開通は28日の予定とあった。だがしかし現実はどうだ…話が違うではないか。
しかもゲートから三俣の登山口までは10kmもの距離があり、しかもその先はおそらく誰も歩いていないであろうまっさらな雪原だ。
ただでさえ難儀なラッセルを予定していたところに、林道歩き10kmが追加されてはたまったものではない。
5分ほど思案をした挙句、燕岳側から登るべく、中房温泉へと転進してもらう事にしたのだった。


思えばタクシーの運転手さんは、まだ登山者を1人も乗せていっていないので確証はないが、開門は29日からだと思うと言っていた。
結果として蝶ヶ岳ヒュッテの掲示板の情報よりもタクシーの運転手さんの言葉が正しかったのである。
情報の責任は当然発信者にあるが、最終的にはそれを運用する人間の責任に委ねられるものなのだから、恨み言は言えない。

だがこの時、タクシー運賃として倍以上消費してしまった資金が、後々僕らの選択肢を大きく狭める事になる。



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こうして、予定よりも随分遅れて僕らは登山口へ到着した。(撮影地点1にて撮影)
それも、本来行くべき蝶ヶ岳の登山口ではなく、燕岳登山口である中房温泉である。
目的地の変更に続き、登山口の変更、そしてそれに伴うルートの変更。
歯車が全く噛み合わない気持ち悪さをリアルに肌で感じたのはこの時が最初だっただろうか。


出発時間としては決して遅い時間ではないし天気も崩れるそぶりはないが、全体的な工程時間が遅れてしまっている。
ともかく手早く準備だけ済ませ、小屋の前で朝食を摂っていたお二方に軽く挨拶をして、一路燕山荘を目指す事に。

ちなみにこのお二方、後に今回の山行に深く関わる事になる。



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第一ベンチ到着。(撮影地点2にて撮影)

毎度登り始めの30分は苦しいものだが、この時の苦しさは普段の比ではなかった。
よくよく考えれば3月上旬の空木以来、まともに重い荷物を担いでいないのだから無理もない。
あの時の30kgからすれば今回はまだマシだが、しかし身体のほうは正直で、震災以降随分と鈍ってしまったようだ…


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相変わらず天気は良い、むしろ日差しは暑いくらいだ。(撮影地点3付近にて撮影)
重い荷物と相まって、汗が滴り落ちる。こりゃしんどいわ…。


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そして第二ベンチに到着する頃、新たな不安材料がその牙をむき始めた。(撮影地点4にて撮影)


件の膝痛である。


この段階ではまだ違和感の域を出なかったが、念のため痛み止めを服用することに。
膝痛の発症は想定範囲内とはいえ、まさかこんなに早い段階で膝痛が発症するとは…負の連鎖がとまらない、


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そして負の連鎖はここに極まった。(撮影地点5付近にて撮影)


急激な天候の悪化である。


まるで膝痛の悪化と呼応するように、空は一気に雲に覆われ、そして間もなくそれは吹雪と化した。
まさか…あの天気からどこをどうすればこんな天気になるというのだ。
朝一番、心の中で 『勝った!』 と僕に言わしめた、あの透き通った青空は一体どこに行ってしまったのだ…。

内には膝痛を、外には吹雪。
多少の事では動じないつもりだが、これはちょっと冗談じゃ済まなくなってきたぞ…。



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ともかく一旦、合戦小屋の中へ避難する事に。(撮影地点6にて撮影)
ザックを下ろし、ウェアやザックについた雪を払ったり汗を拭いたり、行動食を摂りながら一息つく。

幸い気温自体はさほど低くない、しかし一度風が吹けば一気に体温を持っていかれる。
最初着ていたソフトシェルでは雪が付着するたび溶けて染み込んでしまい、防水効果を果たせない。
だがしかしハードシェルを着込むと今度は暑くて汗が出る、もどかしいレイヤリングのジレンマ。
これならいっそ、まだ厳冬期の方がよっぽど単純でよかったと思う。


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これから向かう先は完全に吹雪の中。(撮影地点6にて撮影)
空を見上げてはみるものの、回復の兆しは全くない。
どうやらまともに荒れ狂う稜線を歩かなければならないのは確定事項らしい。
何がどうしてこんな事になってしまったんだ…恨み言を吐いてみるも、所詮ちっぽけな人間には自然の摂理を左右できるだけの力はない。

止まっていても始まらないので、意を決して歩き出す事にした。


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稜線上は冗談みたいな吹雪だった。(撮影地点7付近にて撮影)
風自体は憂慮するほどの強さはない、しかしご覧の通りの視界だ。
目の前の旗を確認するのが精一杯で、2つ先の旗はほぼ目視する事はできない。ちなみにおそらく2つ先の旗のあたりに先行者がいるはずだが全く見えていない事から察して欲しい。
ホワイトアウトには程遠いがしかし、一歩間違えればそれに近い状況になりうる天候条件の悪さだ。
そればかりか、すぐ直前を歩いている先行者のトレースがすぐに消えて無くなっている、おそらく5分とトレースの形を残していないことだろう。

しかし、合戦尾根は燕山荘のスタッフがこうして赤旗を立ててくれているおかげで、よほどのミスをしない限りは道を外す事はない。
故にこの時点で不安を感じる事はなかったし、燕山荘までは間違いなく到着できるだろう確信はあった。
だが、この時僕が考えていたのはその事とは全く別のことだった。


『合戦尾根は問題ない、しかし大天井、常念への縦走路でこれに類似する状況に陥ったらどうなる…?』


僕の頭の中に撤退の選択肢が明確に浮かび上がったのは実にこの時である。





そして吹雪の中を歩く事1時間と少々。ようやく燕山荘のシルエットを目視するに至る。
残念ながら写真はない。この時点で既に写真を撮影するという状況になかったことは、先ほどの吹雪の写真から察していただきたい。
そして燕山荘の西側を回りこむため、稜線に出た途端…



急激な突風が僕らを襲った。



いや、突風ではない。西側、日本海側から恒常的に吹きつける西風があまりに強かったため、突風に感じたに過ぎない。
少なくとも今まで歩いてきた合戦尾根の1.5倍、いや時折2倍にも感じるほどの風の強さだった。
まともに吹き始めると立ち止まらざるをえない程の風だ。氷のつぶてが弾丸のように飛んできて顔にぶち当たる。
サングラスは全く役に立たない、容赦なく吹雪が目の中に飛び込んできてまともに目を開いている事ができないくらいだ。

顔が…目が痛い…ゴーグルを、バラクラバを、いや、こんな風の中でザック降ろして荷物を漁るなんていう動作は無理だ。
その過程で絶対に何か余計なモノが風に飛ばされるに違いない。
そもそも燕山荘の入り口は目と鼻の先なのだ、我慢してさっさと小屋に逃げ込むほうが賢明だ。
荒れ狂う風の中、僕らは何とか燕山荘に逃げ込む事ができたのだった。






さて、小屋に入って人心地つくことができたことだし…
さぁとりあえず素泊まりの宿泊手続きでもしようか…となるのが一般人の取る理性的な態度だろう。
現にこの時点でテントを担いできた人の全員が素泊まりにシフトしたようだ。
それもそのはず、外は荒れ狂う猛吹雪、しかもここのテント場はモロに稜線である。
まともな神経の人間ならばとてもテント泊をしようなんて馬鹿なことは考えないのが至って正常である。


だがその点において、僕はまともでない自覚があるww


何を思ったか、僕が始めたのはテント場の整地と耐風ブロックの構築である。
テント場申し込み手続きを始めた僕らに 『え?本気ですか?』 という表情をした小屋のお姉さん、貴女も正常であるww
それから嫁を小屋に残し、僕の孤独な戦いが始まった。
実は諸事情でゴーグルを忘れてきてしまったため、暴風の中サングラスでの作業という事になってしまった。
バラクラバをしたため顔はガードできたものの、目だけは守る事ができない。
まともに目も開けず、荒れ狂う吹雪の中、雪面を掘り進めて壁を積む。
ただ黙々と繰り返す事およそ30分。なんとか1mほどの高さの雪壁を構築する事ができた。


だが、結局テントは張れなかった…。
いや、厳密に言うと一度は張ってみたのだ。
しかしあまりの強風に、ポールがへし折れてもおかしくないほどにテントが歪み、見たこともないような形にテントが変形しているのを見て

『これは一歩間違えたら死ぬな』

と、ようやくここに来て正常な判断を下したのだったww
おかげで吹雪の中、寒く痛い思いをしながら頑張った僕の整地作業は全くの徒労に終わってしまったのである。
しかしそれから後、素泊まりの手続きをしてのんびり時間を過ごし、夕暮れ時が近づくにつれて状況が変化してきた。



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空が晴れとる(;´Д`)


そして空が晴れると共に風が弱まってきたのである。
いや、百歩譲ってそこまではいい。しかし僕はその後驚愕の事実を知る事になるのだ。


なんと…
























僕の整地跡にテントが(;゚д゚)




なんてこった…
僕の汗と涙と鼻水の結晶が…自分で使う事が叶わなかったばかりか他人に使われる事になるとはwww
きぃぃぃ!悔しくなんかないんだからね!!

ちなみに後日談だが翌日、奇遇にもここにテントを張った方とお話する機会があった。
その時大変助かったとお礼を言っていただいたのである。
まぁ僕個人としても、誰にも使われず再び雪に埋もれてしまうくらいならば再利用してもらえたほうが掘った甲斐があったというものだ。


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そして長かった一日が終わり、北アルプスも夕暮れ時を迎える。


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槍も雪煙の中からその穂先を晒す。



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そして裏銀座のパノラマ。






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そして夕食。
この日、僕らはテント泊をできなかった代わりに新しい山仲間と出会う事ができた。

中央右の女性の方がもおすけさん、奥がリンさん、一番右がさぶさん。(間違ってたら訂正しますんで言ってくださいw)
ちなみにもおすけさんとさぶさんは、中房温泉登山口の小屋の前で朝食を摂っていたお二方である。
しかももおすけさんは僕も登録しているにほんブログ村 登山ブログのトップランカーだった。
さらに、この時点では完全にランク外の彼方にまで落っこちていた僕のブログも見てくれていたそうで…
いやはやありがとうございます。世間は狭いものである。

そんなわけで、肉を分けていただいたり、お酒飲んだり、火遊びしたりww
テントだったなら、おそらくすれ違うだけで終わってしまったであろう方々と、楽しく夕食を摂る事ができた。
僕らは原則的にテント泊。小屋泊は滅多にしないけど、たまにはこういうのもいいな…と思った心地よい一時だった。


その後僕は外に出てのんびりと星空を見ながら撮影をしていた。
月明かりがなかったので、撮れた写真といえばノイズまみれの見るに耐えないものばかりだったのだが…
せっかく寒い中シャッターを切ったので、何点かアップしておく。


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こうして常念山脈縦走初日の幕は閉じた。

正直な感想を言えば、何もかもが予定外、そして何一つ歯車が噛み合わない、なんとも気持ちの悪い一日だった。
かつて全てが予定と食い違ったものの、結果的にその全てがプラスに作用した赤岳という前例があるが、今回はあの時とは真逆で、全ての事象が予定外でかつそれらが皆マイナスに働いている感じを受ける。

目的地変更、登山口変更、ルート変更、天候悪化、膝痛悪化、装備不十分、資金不足。
人間の手に負えないものからつまらない初歩的なミスまで。諸々のネガティブな要素が一気に噴出した縦走初日。
この時点で僕は、おそらく全工程完遂は不可能だろうという結論に至っていた。
問題は落としどころをどこに持ってくるか…その一点だったのである。

初日から波乱含みの常念山脈縦走、果たしてその結末は…?


GW前半 常念縦走編 2日目につづく


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by misawa_re7 | 2011-05-13 16:07 | 山行記録 2011


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