【山行記録】 北八ヶ岳初級コース縦走 初日 後編 (渋の湯~黒百合平~高見石)
【21日の天候晴れ】
そんな天気予報を信じて疑わなかった僕らを待ち構えていたのは、荒れ狂う風と不吉な暗雲だった。
天候も定まらない中、僕らは計画通り山行を遂行しようとするが…
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後編を始める前に、初日のコースのおさらい。


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2010年3月21日 渋の湯~黒百合平~中山峠~にゅう~中山~高見石小屋(幕営地)

・ 高低差、距離、コース概要は上記の通り。
・ 地図上の実線は今回実際に歩行したコース、点線は当初予定していたコース。
・ 地図上の通し番号は、これからブログに添付する画像の撮影したポイント。(冒頭の写真は5にて撮影)




【時刻不明】
黒百合ヒュッテを出発。
このあたりから風が強すぎて、ICレコーダーが全く聞き取れない状態になってしまった。
内容、時間。肝心なところが全くと言っていいほど聞き取れない。まさかこんな弱点があろうとは考えていなかった…
ICレコーダは便利だが、強風の時は使い方を考えなければいけないかもしれない。
しばらくの間、時刻不明が続く。

黒百合ヒュッテの気温は‐6度。
この時点で既に、前回の白駒池の時の最低気温を下回っている。
しかも、風がだいぶ強く吹いているので体感温度的にはもっと低かっただろうと思われる。
あまりに風が冷たいので、顔を防護するためにフェイスマスクとゴーグルを装着。


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【時刻不明】
中山峠到着(撮影地点6にて撮影)
吹き荒れる風が尋常ではない。
ICレコーダーなど、吹き荒ぶ風の音が録音されているのみで、もはや一体何を喋っているのか全く聞き取れない…。
せっかく山行記録をとるためにICレコーダーを使っているのに、風の音しか入っていないのでは全く無意味ではないか(;´Д`)

強風下ではICレコーダーは無力である('A`)

かといってあの強風下で、手帳を取り出して書くと言うのも正直無い。
なんとか方法を考えねばならない…。

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稜線を吹き抜ける風は、今までに体感してきたそれとは別次元だった(撮影地点7にて撮影)
盛大に雪庇が張り出していることからも察していただけるだろう、この稜線がいかに風の通り道になっているのかを。
右側の斜面は大きく切り断っていて、仮に滑落した場合、途中上手く木に引っかかってくれれば良いが、下まで落ちたら恐らく100m近く
ノンストップ、確実に命は無い。
しかもよりによって、そんな崖に向かって尋常ならざる横風が吹き荒んでいるのである。
黒百合ヒュッテの主は、特に危険なところは無いと教えてくれたが、僕ら雪山素人からすればこの程度の場所でも危険になりうる。

ともかく、一歩一歩しっかりスノーシューの爪を利かせつつ、風に飛ばされぬようにストックを風下側に突き刺しながら慎重に歩く。


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【時刻不明】
にゅうへの分岐へ到着。(撮影地点にて撮影)
ここからにゅうへの往復は、体力的に無理だと判断した場合、または何かしらトラブルがあった場合は省略しようと考えていたコースである。
風が強いことはさておき、ここまで僕らはおおよそ予定通り順調に行程を消化してきていた。
にゅうへの往復も、これといって特に不安材料はなかった。
本日の山場は黒百合平までの上りの最高落差であり、そこを何のトラブルもなく無事越えてきたという安心感もあった。
体力的にも、気力的にも十分充実しており、今日はこれからにゅうを往復し、中山経由で高見石へ行くに何の不安もないと思っていたのだ。

にゅう往復にあたり、セオリーで行けばこの分岐付近にザックをデポし、必要最低限の装備で往復するのが妥当なところだろう。
それが最も体力を消耗しないし、何より重い荷を背負っての往復など馬鹿げている。
しかし、原則的に僕はザックのデポが嫌いである。
小屋に預けたり、あるいは自分のテントに置いていくといった場合を除き、そこらにザックを置き去りにするという行為はあまりしたくない。
僕は別に、山登りをする人たちの良識を疑っているわけでは決して無い。
ただ、自分の道具が自分の手の届かないところに在るという状態がたまらなく嫌なだけなのだ。
だから過去の山行においても、今回のように往復するルートであっても基本的にザックを手放したことはない。
そんなことをしなくとも、山行を遂行するだけの体力は十分にあるはずだという自分に対する過信もあった。


その過信が今山行最大の失態だった。


今回ばかりはその主義を曲げてでもザックをデポするべきだった。
このたかだか累計標高差300m弱、距離にして往復でおよそ2.5kmの何てことないコースが、今回の山行の明暗を分ける事になる。


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分岐からにゅうへの道も右側が切り断っている(撮影地点9にて撮影)
登山道は深い樹林帯の中にあり、トレースもあまり踏み固められていなかった。あまりこのコース、歩く人がいないのだろうか?
崖に近いほど雪面は固く歩きやすいが、樹林の中に入るとスノーシューがしっかり埋まる。

コース自体は確かにこれといって危ないところはないが、所々強風が吹きぬけている場所もある。
途中軽く休憩をしていたら、手袋が吹き飛ばされて、危うく谷底へ落としてしまうところであった…。
こんなところで手袋を紛失していたら、その時点で山行終了であった、気をつけねば。


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【PM1:00】
にゅう直下へ到着。(撮影地点10にて撮影)
直下の樹林は風が穏やかで、ようやくICレコーダーの時間を聞き取ることが出来た。
にゅうは岩場なのでここでザックを下ろし、スノーシューを脱いで、カメラだけ持って行くことにした。


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やはり剥き出しの山頂は相変わらずの強風である。(撮影地点10にて撮影)
天狗岳方面は、麓の方からすさまじい勢いで雲が沸いては山頂を白く覆い隠していた。
時々晴れ間が見えるものの、すぐに雲に覆われて日が隠れてしまう。安定しない天気だ…
この時にゅうは奇跡的に暖かい日差しが届き、つかの間の平穏を謳歌することが出来た。強風だけはどうしようもなかったが…。


この時点でPM1:00過ぎ。
僕の予定では、にゅう到着時間は正午くらいだった。
黒百合ヒュッテでのんびりしていた分だけ予定よりも、時間が遅れてしまっていたのだ。
とはいえ焦る必要はなかったのだ。多少遅くなるとはいえ、テント設営時間も考慮しても日没までには十分間に合う時間だったのだから。

しかし、この時僕はできるだけ早く幕営地に到着したいという意識が働いてしまった。
もちろん、早く着けるに越したことはない。誰しもが思ってしまうことだから無理もないのだが…
そして、ここで僕はいち早く幕営地へ到着すべく歩を速めてしまった。



僕の身体に仕掛けられた時限爆弾は、ついにカウントダウンを始めた。



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足早ににゅうから戻る僕らの眼前に、天狗岳がついにその全貌を現した。(撮影地点11にて撮影)
右から西天狗、東天狗、そして硫黄岳まで雲が晴れ、はっきり見える。
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そして、一筋の晴れ間が西天狗岳を照らす。
美しい光景だった…写真で見るよりも遥かに神々しい、光のページェントであった。
そして、その美しい風景の余韻に浸る間もなく



その時は来た。




思えば、最初は軽い違和感だったのだ。
スノーシューはもともと、お互いをぶつけ合わないように足を開き目に歩く道具だ。
故に、普段あまり使わない筋肉を酷使するため、軽い関節の痛みや、筋肉痛になるということは、スノーシューを使う上では日常茶飯事だ。

だから見逃した。
身体が発する危険信号を、僕は日常茶飯事のそれと決め付けて、全く問題視しなかったのだ。




そして、軽い違和感は一瞬にして激痛へと変貌した。



しまった!と思った時には後の祭りだ。
歩を止め、今更ながらに足の筋を伸ばしたり、柔軟体操をしてみるももはや遅い。
患部が関節だったのか、筋だったのかは定かではなかった、ただ確実にわかっているのは。

どうやら僕は股関節をやってしまったらしいということだ。

腰を重量を支える人体の要とするならば、股関節は加重移動の要である。
歩を進める時、その体重の大半を受け持つのは膝関節と股関節である。
単純明快に言おう。

誇張でも何でもなく、この時の僕は一歩足を踏み出すのすら困難な状態だった。

僕は呆然と立ち尽くしてしまった…。
こんな状態では全コース踏破はおろか、下手をすると下山もままならない。
最寄の山小屋は黒百合ヒュッテ。ここからのコースタイムでおよそ1時間弱、それすらも危ういと僕は感じていた。
しかし立ち止まることは許されない。こんなところで夜を明かすわけにはいかない。這ってでも前に進むしかないのだ。
一歩足を踏み出すごとに苦悶の呻き声をあげたくなる。そうすれば幾分か楽だったろう。
しかし僕はそれを歯を食いしばって押し殺した。

「嫁に心配をかけるわけにはいかない」

それより何より、こんなところで弱音を吐くなど僕のプライドが許さない。
5分歩いては歩を止め息を整える。
そうしなければ、あまりの痛さに泣き出してしまいそうだった。それほどの激痛だったのだ。
ここに来て、さすがに僕の様子がおかしい事に嫁も気付いた。こんな状態では隠し通すこともできないし、そもそも隠す意味などなかった。

「足が痛いんだ」

そう言うや否や、僕はその場にへたり込んだ。
少しでも足を休めて回復させなければならない。少なくとも安心して身体を休めることが出来る場所に到達するまでは。
関節のマッサージをしながら荒くなった息を整える。

思えばにゅうへの分岐でこのクソ重いザックをデポしてくればよかったのだ。
いや、そもそも出発の段階でカメラの三脚など置いてきてしまえばこんなことにはならなかった筈だ。
今更済んだことばかりが頭をよぎる。
しかしいくら悔やんだところで僕の足が回復するわけではない。

嫁に痛みを隠す必要もなくなった僕は、盛大に苦悶の呻きをあげながら一歩一歩、歩を進めていった。




【PM2:24】
再びにゅう分岐へ到着。ここで決断を迫られる。


行くか 退くか。


ここまでくれば黒百合ヒュッテまでは25分の距離。しかも行程はほぼ下りのみ。
今晩を黒百合ヒュッテで明かし、明日再び渋の湯へ下山するのが最短ルート。このルートが最も安パイだ。

対してこれから中山へ登り、高見石小屋まで歩くルートは約1時間を要す。
不安材料を抱えながらの行程となるが、高見石まで抜けてしまえばなんとか明日への希望を繋ぐことが出来る。

大いに悩んだ。
しかし僕の中に眠る不退転の意思が、ここで退くことを許さなかった。
股関節への負担を最小限に減らすため、僕はここでスノーシューを脱いだ。
ツボ足で2,3歩歩いてみると足の軽いこと軽いこと…無論痛みはあるが、これならば何とか高見石までもたせられる。そう判断した。

ここで中山方面から下ってきた3人組のパーティーと挨拶を交わした。
下ってきた人がいるのならトレースもあるだろう、そう判断し、僕は中山へと歩を進めたのだ。


そこに試練が待ち受けているなど、夢にも思うことなく…


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【PM2:50】
中山通過。(撮影地点12にて撮影)
少々余分に時間はかかったものの、足取りは軽かった。
特に登りは、下りや平地よりも股関節への負担が少なく、幾分か楽だったのも幸いした。

しかしその反面、にゅう分岐あたりから降り始めた雪は徐々にその強さを増し、中山の山頂へ着く頃には吹雪の様相を呈していた。
中山山頂は樹林帯の中のため、これでもまだマシなほうだったのだ。
ここから少し歩くと樹林帯が途切れる。

『直角に曲がって樹林帯へ』

何となしに、黒百合ヒュッテの主の言葉を思い出していた。
ここを直進し、一度中山展望台の雪原に出てそこを直角に曲がり再び樹林帯へ。
言葉にすると簡単だ、そしてこの時僕もそれほど困難な事だとは思っていなかった。


中山展望台の雪原に出た時、文字通りそんな甘い考えは吹き飛んだ。




何も見えない


ホワイトアウトとまではいかないものの、数m先が見えるか見えないかという程度。後は一面真っ白であった。
先ほど樹林帯の中は、あれほど視界があったというのに、この差は一体何なのだ…
空からの吹雪に加え、地面の雪を舞い上げる地吹雪が重なり、ほとんど何も見えない。
そして何よりも僕を驚愕させたのはその強風である。

強風などと言うには生易しい、むしろ暴風と言った方が正しいかもしれない。
台風の時だってこんな風は体感したことがない、大げさでも何でもなく、踏ん張っていないと吹き飛ばされそうになるほどの風だった。
僕の山行史上、最も最悪の状況である。

それに加え、最悪なことに足元を見ると雪原にあろうはずのトレースが全くない。
先ほどにゅうの分岐で3人組とすれ違った。時間で換算すれば40分ほど前にはここに彼らのトレースがあったはずなのだ。
暴風で巻き上げられた雪が、彼らのトレースを消してしまったのだ…。


こんな最悪の状況だったが、僕は直進して直角に曲がりさえすれば、樹林帯の登山道に出られるはずだと軽く考えてしまっていた。
良くも悪くも黒百合ヒュッテの主の言葉は、僕の中に重く、鮮明に残っていたのだ。

意を決して一歩踏み出そうとするも、吹雪が目に入って痛い。まともに目が開けていられない。
ゴーグルを着用しようと試みるも、ゴーグルが凍結してしまっていた。
にゅうから分岐まで歩いた際、樹林帯の中だったことと、思いの他暑かったため、ゴーグルを外して頭の上につけて歩いていたのだ。
その際ゴーグルが結露し、凍結してしまっていたようだ。悪いことは重なるものだ…
仕方なく薄目を開けながら、強引に雪原を突っ切る。


程なくして分岐の看板が目に入る。
と、言ってもまともに直視することが出来ない。吹雪が強すぎて全く目が開けられないからだ。
看板の指し示す方向は今歩いてきた登山道から90度右。
この方角に真っ直ぐ突っ切れば樹林帯に入り、そこが登山道になるはずだ。
一刻も早くこの猛吹雪から逃れたくて、僕はとにかく足早に樹林帯に向けて歩を進めた。




異変に気付いたのは、樹林帯に入ってから一息ついた時だった。
樹林帯の奥に入るに従い、吹雪は弱まり視界は回復していったのだが、そこにあるべきはずのものがなかったのだ。

トレースと赤テープである

樹林帯の中のトレースは雪原ほど早く消えるはずがない、何よりこんな紛らわしい箇所の登山道ならば赤テープがあってしかるべきである。
周りを探してみるも、雪に深く足をとられるだけで遅々として進まず、視界には赤いテープはおろか足跡1つ見当たらないではないか。
僕は焦った。
こんな危険な場所、さっさと通り抜ける予定だったのに、予定外に停滞する羽目になってしまったからだ。

何を隠そう、この雪原に出た辺りから顔の感覚がほとんどない。
それもそのはず、この時点で気温は‐10度を下回り、しかも風速数10mの風にその身を晒しているのだ。
肌が露出した顔はもちろんのこと、手袋をしている指先ですらまともな感覚を維持していなかった。
その上、痛いだけだった股関節が、だんだんこわばってきて動きを鈍くしていた。
鈍いだけならいい、痛いのも我慢すればいい。しかし、足が動かなくなってしまったら…?
こんなところでの長時間の停滞は即、死を意味する。

僕はここで、登山道とは全然違う方向の樹林帯に入ってしまったのではないかという可能性を考え始めていた。
考えられるとすれば、分岐から直角に曲がった際、西側斜面からの暴風に押され、少しずつ東の方角に流されてしまったという可能性だ。
ここが登山道からかけ離れた場所だとすると、闇雲に登山道を探す行為は体力を消耗するばかりか、現在位置の特定すら困難にしてしまう
危険性をはらんでいた。
コンパスが壊れてしまっている今、自分の現在位置を特定する事の出来る材料は、先ほど通ってきた分岐の看板しかない。
僕らがつけた雪原のトレースもいつまでもつかわからない。戻るならトレースが残っている今しかない。

僕は意を決してスノーシューを履いた。
深雪に足をとられて足に疲労を溜めるよりは、痛みを伴うがスノーシューを履いた方が安全だと思ったからだ。
そして今歩いてきたトレースを再び分岐の看板まで戻り、再度登山道への復帰を試みることに決めた。


今度は失敗するわけには行かない。
そう何度も行ったり来たり出来るほど、僕の足の状態は良くはない。
凍結したゴーグルを吐息で溶かし、何とか視界を確保した。
痛む足を引きずり、なんとかトレースを辿って看板まで到達。
今度はゴーグルもしている。目を細めて歩く必要もなければ雪に視界をさえぎられることもない。
決して風に流されまいと、しっかり看板の示す方角を見据え、90度曲がった先にあるであろう登山道に向けて再度アタックを開始した。


そして樹林帯に入った時、僕を待っていたのはうっすら残るトレースと、赤テープであった。


助かった


スノーシューを脱いで放り出し、雪面に突っ伏した。
安堵のためからか、自然に笑みがこぼれる…しかし、怖かった。


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北側の斜面は驚くほど穏やかで、トレースも深く、しっかりとついていた。
この時、僕は自分の未熟さを痛感し、人の助け(トレースや赤テープ)がなければ踏破出来ない事に恥じた。
しかしそれよりもなによりも、命が助かったことに感謝した。
一歩間違えれば僕はここで死んでいたかもしれないのだから。


こうして、僕の激動の一日は終わったのだ。


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by misawa_re7 | 2010-03-24 21:30 | 山行記録 2010 | Comments(0)


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